忘れられた台湾史

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こんなのを見つけました。全編見ると長いです。

 

よくこれだけ、親日家だけの討論会を開けたもんだと思います。

日本がどんなひどいことをしてたとしても、清朝や国民党もやった、もっとひどかったと擁護してくれる。

σ(^^;)の家族が終戦時に住んでいた中国の青島へ、母と伯母を連れて行ったことがありました。当時隣に住んでいた祝さん一家は、蒋介石とともに台湾へ移り住んだのだと知りました。外省人として暮らしているわけですね。

韓国人の友人と二人で、韓国を旅したことがありました。彼女の家や親類の家に泊めてもらって、ソウルから慶州、釜山まで渡り歩きました。彼女とはネパールで出会い、日本でも再会し、そのうちに彼女はドイツ人と結婚してトルコに移り住みました。

その彼女に面と向かって言われました。「あなたは最初で最後の私の日本人の友達。私は日本は大嫌い」と。

彼女の親戚に会うたびに、「日本の植民地支配のことをどう思うのか」と聞きただされました。なんて答えれば良かったのか。

私の叔父は、北朝鮮の収容所にいたという最後の目撃情報の後、消息が途絶えたままです。母は亡くなるまで、叔父のことを心配していました。北朝鮮との国交が回復することを、最後まで願っていました。

私の母の世代は、戦争を身をもって経験した最後の世代だったのでしょう。日本語よりも中国語のほうが得意で、英語もできたので戦後は進駐軍本部で働いていた母。波乱に富んだ人生だった。それは祖父母も同じ。

母たちの中国大陸での体験を、語り継いでいきたいけれど、祖父母や母の死と共に、それも忘却の彼方へ追いやられていく。日本の大学に通っていた伯母に、もっと話を聞いておきたい。

遺された写真や史料の数々は、いずれどこかで役に立ててもらおうと願っています。

 

コメント(2)

すいません、勝手なお願いしたまま、すっかりそれっきりにしてしまって・・・m(__)m

こうなったら春休み中になんとか!
またメールさせてくださいね。

*歯おだいじに・・・

>qimaさん

とんでもないです(^^;;;
こちらこそほったらかしで、すみません。
気にはなっているんですけど…。

歯はまだ治りません(泣)
痛みどめがないと眠ることもできない…。

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